マンデル・フレミング効果ではないかもしれない

 消費税増税がほぼ既定路線となったことで,それを財源とした財政出動に向かいつつある今日この頃.あれ?社会保障とか財政再建のための増税なのに公共事業に使っちゃったら意味ないんじゃないの?というそもそもの疑問はさておくとして,公共事業による財政出動の景気への影響は90年代以降低下していることが指摘されています*1
 かつてはそれなりに効いていたとおぼしき財政政策の効果が低下したのはなぜか.経済学者だと乗数低下と聞くと中立命題かマンデル・フレミング効果が思いつくわけです.しかしながら,中立命題は……日本ではその成立要件である「合理的な消費者」の割合が低下しているという報告が多く,どうも乗れない*2
 すると,乗数低下の要因はマンデル・フレミング(MF)効果,つまりは財政支出による為替レート変動の影響である・・・といいたくなる.そして乗数低下の原因がMF効果だとしたら,十分な金融緩和と組み合わせることで財政政策は高い有効性を発揮できるということになる.でも……ほんとに? ちなみにデータ面では財政出動から為替という明確な影響は,日本では,あまり見られない.


 ここで少し話をマクロから産業まで落としてみましょう.産業別活動指数分類の「公共・建築・土木活動指数」と「民間・建築・土木活動指数」を時系列的に分析します*3. 図は,公共建築土木活動指数がある月だけに2.3ポイント*4低下したときに,1ヶ月後から24ヶ月後の民間建築土木活動指数が何ポイント低下するかを表している.公共建築土木がある月(だけ)に2.3ポイントあがると,民需の建築土木はかなりの長きにわたり,最大0.9ポイント低下する.



 なお,建築・土木業界における官業と民業のシェアは1対1.7.すると,公共事業が1増えると民間事業は0.7減少するということになる・・・ものすごく単純化すると1兆円公共工事は0.7兆円の民間工事の減少を招くということ.マクロの景気に与える影響は1/4強にすぎないということになる.財政政策が効かないのはコレが原因かもしれない.だってそもそも「影響関係が建設土木業界の中」だけで閉じちゃってるんだもん.
 なぜこんな不思議なことになるんだろう・・・ちなみに反対の影響,「民間の工事が増えると公共工事が減る」という影響関係は観察されない(有意ではないがむしろ公共工事は増える).一番考えやすい要因は建設土木業界の供給能力が限られており,公的な事業でそのリソースを使うと,民間事業が供給能力の点で不可能となるという解釈だ.供給制約による文字通りのクラウディングインというわけ.
 ちなみに長期的には公共投資はインフラが整備されることを通じて指摘私的投資をクラウディング・インするとされる.しかし,こっちの効果もどうも80年代以降落ちているみたいだ(HananoHatano(2010, Public Policy Review6(1))).この効果の低下が,インフラ整備の生産性への影響が低下したことによるのか,実は公共投資が供給制約により私的投資を直にクラウドアウトするようになったからなのかはちょっと研究したいとこ.


 このようなクラウディング・アウトが財政政策の効果低下の主因だとすると,2つの全く異なる政策インプリケーションが提示されることになる.

  • 近年海外で再注目されている「これまでは効かなかったけど,流動性制約流動性の罠の下ではちゃんと効く」という研究は日本には当てはまらない.だって,効かないのは「日本型財政政策」だから
  • 「財政政策」そのものが効かなくなっているんじゃなくて,建設・土木による財政出動が効かなくなっているだけ!ちゃんと供給余力があるところに支出すれば効くかもしれない

どっちが政策論としてリーズナブルなんだろう.これには追加的な分析が必要なところ.財政支出の中身を変えるというのが可能かどうかがポイントになる.もっとも,業界内で閉じてしまわないちゃんとした公共事業になったとたんにがっちりMF効果が出ちゃうって可能性も否定できないですが.

*1:今もまだ有効か(1以上の乗数効果をもつか)についてはまだ議論が分かれるかもしれないですが,低下したという点についてはメタ分析をしてみてもかなりロバストIida and Matsumae ESRIDP#209

*2:畑農(2004, フィナレビ74),Yano, Iida and Wago(2010, ES World Congress)など

*3:二変数レベルVAR(6)のIRF.同時点制約はコレスキー順序民間→公共.ちなみに階差で分析しても結果はだいたい同じ.3/4クラウドアウトとまではならないけど(6割くらいになる分析が多い).ほかの変数もいれた分析は今まともな論文として書いてるのでしばしお待ちあれ.

*4:1S.D.分