ブックオフめ!恨むぞよ

国家の品格 (新潮新書)

国家の品格 (新潮新書)

 本書については,amazonの書評でも指摘されていましたが,多くの学生からもその「ダメな議論性」について感想をうけていました.というわけで……気にはなっていはいたんですが,精神衛生に良くないと思い避けていました*1.しかし,今回もまたいまさらなのに読んでしまいました……『国家の品格』.あぁなんちゅうか……売れるはこりゃ.こういうの読む度にいろんな意味で激しくおちる.『他人を見下す……』といいこれといい,購入のきっかけはブックオフで200円だったからという単純なモノです.恨むぞブックオフ(←激しく逆恨み)

 本書は基本的に拙著『ダメな議論』がいうところの「コールドリード型言説」のみから構成されています.はじめに出てくるのが「論理ばかりではいけない」「論理では判断できないことがある」という全くごもっともな主張です.これを【ストック・スピール】として用いた上で,日本人ならば確かに否定しがたい情緒的な側面の重要性を強調します.ここまでいけば,たいていの人には「この筆者はなかなかよいな」というラポールが形成されていることでしょう.
 そして,このような「いい感じ」のなかに「実は何も言っていない提言」「すごく極端な政策提言」が忍び込ませてあるのです.すばらしい構成力といって良いでしょう.物書きたるものぜひ見習わねばなりません.無根拠,誤った証拠でここまで多くの人を説得し……そして何より200万部売れているんですから.


 「はじめに」からとばしてくれます.「論理の力」を疑ったきっかけは英国の大学という超特殊な空間*2での経験だそうです【逸話に依拠した議論】.喜怒哀楽は生まれてすぐに誰もが持つ感情で,懐かしさやもののあわれは教育によって培われるもので,さらには日本独自のものだそうです【定義不能な用語の使用】.そして,日本人はダメになったからマネーゲームに走ったそうです【早くもおなかいっぱいw】.若者いかんぞ本の著者はたいていホリエモンが嫌いですが……TV局が営利企業であるという点についてはどう考えているんでしょうね.

 第1章は欧米とか資本主義がいかにダメかについての説明です.著者が好きっぽい英国も欧米なんですがまぁそれはおいときましょう.第一次大戦後のパリ講話会議で日本が「人種平等法案」を本気で提出した*3という話が出てきますが,確かに本気だったでしょう.帝国主義レースで遅れてる側が“仕切り直しさせて”って言うのは当然ですから*4.ましてやそれが大東亜戦争への伏線になるというのはなんともかんとも……です. デリバティブの残高が大きいからだめだというのも根拠のある話ではありません.古典的なデリバティブである保険産業の拡大は危険なのでしょうか?筆者があげる「問題点」の多くは会計制度の不備の問題にすぎません.

 第2章はゲーデル不完全性定理が出てきます.筆者が不完全性定理を誤解していることはありえない*5わけですが,問題はその使い方です.これは【難解で不安定】というより【比喩のみに依拠した議論】と考えた方が上手にはじける話でしょう.筆者は「論理的に正しいか否かを証明できないモノがある」という話の比喩として不完全性定理を使いますが,同じ比喩で「直感的に正しいもの(例えば筆者が論理なんて無しに正しいモンは正しいと思っているモノ)でも正しいかどうかはわからない」という話の比喩として使っても良いんじゃないかな.
 同章には「会津藩什の掟」というのが出ています.「でも会津藩だめだったじゃん」という【単純な事実による否定】はともかくとして「一.年長者の言うことに背くな」「五.弱いものをいじめてはなりませぬ」は簡単に矛盾が出てきます.「正しい」ことを示すのは難しくても「間違っている」ことをみつけるのはそんなに難しくないんです.論理が長いと確度が下がるという話はその通りなんだけど,だからこそデータを見るべきだというポジティブな法に思考が行かないのは不満.

 第3章は真のエリートの必要性について【"真の"だってさ♪】.真のエリートがいるイギリスやフランスでは賄賂や不正はほとんどないそうです【単純な検索ですぐ否定できる……資本主義の悪魔が登場する前から収賄はどこの国でも一般的】.ついでに武士道の見本とも言うべき武士道世界のスーパーエリート松平定信は賄賂の受け取りに割と寛容だったそうです*6

 第4章は日本の四季とか文化とかいろいろほめてます.僕の家は祖母が華道・琴の師範,母は書家,父の趣味は造園と俳句*7……んで僕も書道をずいぶんやりましたからすからまぁこうほめられるとうれしいんですが(すっかり術中にはまってるし^^),その結果「愛国心」ではなく「祖国愛」が大切だという話に落ちつきます.これは言葉遊びにすぎません.

 第5章もあいかわらず日本をほめています.独創性や言語教育についてはまぁ頷ける部分もあるんですが,結局は何が重要か……というところでは総合判断力に結論(?)が落ちつきます.当然「総合判断」の定義はありません.けっきょく「総合的=なんかいいかんじ」程度の意味しかない.そして「なんかいいかんじ」なものが必要なのは当然のことです. そして脈絡はよくわからないまま(たぶん氏の美的感覚に照らして美しいから)田園が日本人情緒を生むので農業は保護というどうしょうもない提言が行われます.現在の日本の田園風景*8は戦後の産物です.日本人情緒がなくなった戦後に成立したものが日本人情緒の揺りかごというのはほとんど理解不能な思考法でしょう.食糧安保に意味がないのは拙著で繰り返し指摘しているのでおいときましょう.関係ないですが「環境保護のために農業保護を」という主張についても同様に「雑木林にしたらいいんでは?」と思ってしまいます.

 第6章はまとめです.


 本書を読んで残念というか予想外で安心したのは,有害な提言よりも検証不能で無内容な提言の方が中心になっていることです.その意味では,本書単独では有害指定図書と言うほどではないでしょう.ただし,本書の言うような情緒的な物が支配的な「空気」となりと,無茶で危険な提言はいくらでも出てきそうなので要注意図書ではあるかもしれません.


 長々と文句を書きましたが,実は『国家の品格』は私たち,とくに25-35歳の若者にとって重要なことを教えてくれます.『他人を見下す若者達』からも学ぶべきことは多いのですが,『国家の品格』の方がより根本的な「方針」を教えてくれると思います.


 われわれは『国家の品格』から何を学ぶべきか……近日中にまとめたいと思います.

*1:びっくりされるかもしれませんが,本当に先日はじめて読みました.まるで「当て書き」したかのようにダメな議論なのでほんとうにびっくりなのです.

*2:大学はいい意味でも悪い意味でも浮世離れしてますから.

*3:だから日本は偉いという論理になるみたい.

*4:米国の対中「門戸開放」提案を想起せよ

*5:一方,僕が誤解している可能性はありありです.

*6:『伊達家文書』など.これは非常に意外かもしれません.松平定信と言えば田沼の収賄の徹底的な批判者ですから.しかし,田沼意次が賄賂を好んだというのはかなり怪しい説です.証拠も定信派閥に近い松浦静山の日記などですし,かの有名な「まいない鳥」の絵が田沼意次を指す物でないのはちょっと注意深く見ればわかります……これは是非自分で見てください.ヒントは家紋です.ちなみに,田沼失脚の大きな理由は意知の全国課税政策への封建領主の抵抗なのではないかと私は考えています.

*7:といっても山頭火ファンだからちょっと異端だけど.

*8:整然とした水田がひろがっているようなかんじ