経済学の超重要な前提
今年の個人的bic issueのひとつは社会学者の芹沢一也氏の知遇を得たことです.そんなわけでセミナー参加以降経済屋としては場違いな評論系のメルマガ(αシノドス)にエッセイを書いたりしています.いままでと読者層が全く異なるので反応も新鮮です.
そのなかで,これはまじめにとりあげにゃあなぁと思ったのが,
です.エントリそのものは少し前に読んでいたんですが,その後中谷巌氏の例の本を呼んで変な意味で重要さを再確認.
まず,細かいところとして,
ここでわたしが注目するのは、どうして「従属論」は間違っているのかという部分ではなく、逆に飯田さんが「従属論にもある程度の根拠があるといっていえないことはない」とした部分だ。正直言って、どうしてこれが「従属論にもある程度の根拠があるといっていえないことはない」例になるのか分からない。
、仮に旧宗主国としか取り引きできなくて、そのために圧倒的に不利な切り分けを受け入れるしかなかったとしても、それでも「貿易は旧植民地国にとって有益」であり従属論ははじめからずっとまったく無根拠だというのでなければおかしい。
ですが,全くご指摘のとおり.トークからの起こしということもあり少し脇が甘かった……反省します*1.僕が何を言いたかったのかというと,
- 自由な取引(の有無)
- (取引の際の)交渉力
のはわけて論じなければならないという点です.
従属論がなぜ今も昔も間違いかというと,不平等の出自が「取引」であると思ってしまったこと(実際は「交渉力」が原因だったにもかかわらず).そして,「昔はある程度は……」と僕がお話したのは,昔は(交渉力の面での不平等ではあるが)確かに不平等が存在したが現在では正当化が困難だという点においてです.
で,続く大きな話題は「自由な取引は必ず厚生を改善する」という点が「正しさ」とが異なるという点.『ダメな議論』書いときながら「正しい」なんて定義なしの単語で語るんじゃない!という耳の痛いご指摘のとおりなのですが,「自由貿易は必ずそうでない場合よりもマシ」と言ったほうがよかったですね.
「改善的」だけど「正しい」とは言えない例として,macskaさんがあげるのが「交換と強盗」の例です.
ある人が別の人に暗闇で銃をつきつけて「命がおしければ財布を寄越せ」と脅迫した場面を考えてみる……(中略)……抵抗する(取り引きに応じない)か」という選択肢がある。抵抗して銃で撃たれて死ぬことに比べれば財布を失うだけで済む方が被害者にとって利益になっているし、犯人にとっても財布を奪うために人殺しなんてしない方が良いに決まっている。
この極端な例をみると,取引の結果を決める要因はさっきのにもうひとつ加えて,
- 自由な取引(の有無)
- (取引の際の)交渉力
- 初期保有(取引拒否時の所得・資源・権利の分配)
だということがわかります.ここにおいても自由な取引は状況改善的.しかし,強盗の場合交渉力は圧倒的に強盗側に強みがあるし,初期保有が襲われた側は拒否時の配分は「死亡」なんだから圧倒的に不利です*2.
強盗が日常的な用語法において「正しくない」のは特に論証の必要はないでしょう.その意味で状況改善的であることが「正しさ」の証拠にはなんらならないことは確かです.しかし,逆もまた真なり*3です.ある悪徳のプロセスに自由な取引が含まれていることは自由な取引を否定するいかなる証拠にもならない.
なんでこんな回りくどいことをいうのか……そのきっかけになったのが中谷巌氏の「転向」です.問題を適切に切り分けることができていないから,うまくいっている経済を見ると資本主義全体がすばらしいと感じ,そうではない経済を見ると資本主義全体を否定してしまう.その意味で中谷巌氏の新著は「転向」ではなく「いつもどおり問題の切り分けができないてない」だけなんではないかと思えてきたり…….
さて話を戻して,では強盗のような悪徳をなくすにはどうすればよいだろうか.自由な取引をなくす(強盗に財布を渡すことを禁じる)のは無理でしょうが,仮にこれが可能なら強盗なんてしても仕方ない.強盗以外の犯罪を選択するであろうから強盗「は」なくなるだろう.
交渉力の差をなくすというのはありかもしれない.強盗が銃ではなく棒切れで武装している状況にする,または襲われる側も銃を持つ……後者はかなりやばい世界だが.そして初期保有を変える……襲われた側がぜんぜん金持ってないとか強盗候補者が金持ちなら強盗という行為に及ばないかもしれない.
ちょっと無理やりになっちゃったので,この話を格差の問題に置き換えてみましょう.労働市場において,資本家と労働者の間の取引の結果を決めるのも「取引の自由度」「交渉力」「初期保有」です.
取引の自由度を下げるというのはどうか……強盗の場合と同様これは根本的な「解決法」ではある.雇う側にとっても雇われる側にとってもその労働市場(市場と呼べるかどうか疑わしいが)の魅力は低下します.すると,より自由な取引が許される場所に逃げる.またはこのような取引自体をあきらめてしまうこともあるでしょう*4.かくして労働者は「労働者に有利に見える取引制限」のせいで自由な取引環境では得られた働き口という大きな利益を失うことになる.
次に交渉力.売り手と買い手のどちらが有利かは需給のバランスによってきまる.労働者が不足しているなら労働者の交渉力は強いし,逆は逆.単純非熟練労働者の待遇が改善されるためには「労働者不足」の状況をつくらにゃならん.これがぼくがずぅぅぅぅぅぅっといっているパイの拡大が必要だという理由です.もっとも労働者の交渉力が強すぎると雇う側にとってその市場の魅力は大きく低下する.両者のバランスがうまく言ってないと両者にとって不幸な状況がおとづれます.
また,政治によって交渉力を変える方法もあるにはあるんですがこれは2つの難点があります.ひとつに企業の活動はますます国際化しているという点.取引の一方に過度の交渉力があるとその市場(ここでは日本の労働市場)そのものを(雇い主である企業は)避けるようになるでしょう.要するに海外生産を選択する企業を増やすだけかもしれない.もうひとつは先進国では「いつでも労働者側の交渉力が低すぎる」って状況ではない点です.
余談ですが,パイの拡大なしに格差の是正を主張する人はどこから取るつもりなんでしょう.企業からとって……と考えている人が多いかもしれませんが,もともと日本の労働分配率*5って不況期に急激に上昇して,最近低下してきていますがそれでも80年代よりやや,その前よりははるかに高いです.おれをこれ以上に上げるとなるとますます日本の製造業は縮小してしまう.
ここまでは経済学の問題.
ここからが別の話題.最後に初期保有.これは大きな問題……「生きるか死ぬか」見たいな状況ではかなり不利な配分でも飲まざるを得ない.ここからは価値判断問題のウェイトが高くなってくる僕としては相続税の大幅引き上げ,累進課税の強化と教育・雇用訓練への支援etc.の腹案はあるけど多分に感情論なのでこれはいずれよそでお話しするとして……この段階に対して経済学ができるのは「目標の初期保有状態の達成のためにはどの程度の効率性低下がおきるのか」を示した上で,「いかに効率性を損ねないで目的の初期保有状態に近づけていけるか」という技術的な支援をするということになります.ちなみに……あたかも所得再分配は大幅に努力のインセンティブをそぐというような主張を見かけることがあるけど,これはそれほど確かな話ではない.それなりの再分配ならそれなりのコストで可能でしょう.少なくともここの市場に介入した場合よりもロスは少ないと思われます.
macskaさんの言うように,リベラル勢力は
自分の周囲にいるリベラルな価値観を掲げる運動や論者の多くが経済学の基本を理解していないために、目先の現実にとらわれた単なる思いつきに過ぎないような主張を繰り広げ、その結果として意図せざる弊害に直面してパニックに陥ったり、経済学的な真理が自分たちの側にあると標榜する保守派に有効な批判を返せなかったりすることが、とてもやりきれない。
という傾向がある.問題が取引・交渉力・初期保有どこにあるのかを明確にした上で考えないと,問題の解決に近づいていくことはできない(時として意図したことと正反対の結果をもたらす)でしょう.
最後に厚生経済学の第二基本定理みたいな話をながながすんじゃねーよと思った経済屋さんへ……そのとおりなんだけど,君も生まれてきた日から第二基本定理知ってたわけじゃないでしょ!フンだ♪
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