経済成長ってなんなのよ?

 先日のエントリに関連して一番多かったコメントが「経済成長なんて出来るの」というものでした.そこで,経済成長についてちょっとしたメモを*1

 まず,単に「経済成長」ではちょいと抽象的過ぎる.こいつにまずは取り扱いが容易な定義を与えましょう.経済成長とは「ある国の国民*2が経済的に豊かになっていくこと」です.経済的な豊かさは「国民がどれだけの財・サービスを購入できるor貯蓄できるか」できまる.ということはそれを計る指標は実質GDP(実質国民所得)ということになります*3

 でも,ここで「待てよ」と思うかもしれない.「国民って何よ?」という疑問.「日本国民って人」がいるわけじゃあないですよね.もう少し実感にあわせるなら「平均的国民の経済的な豊かさ」ってことになるでしょう.すると,実質GDPよりも一人当たり実質GDPが経済成長の定義としては優れている.

 こうまとめると,人口減少だから経済成長しないって単純な話には疑問符がつく*4.「経済成長=実質GDP」ととらえると人口減少下での成長は困難ってことになるかもしれないけど,これ経済成長の定義としてはちょっと変だ.だって毎年日本人の数が減って,実質GDPの総額が減少してもいっても一人一人でみると生活が楽でいろんな財・サービスを購入できるようになるならそれで結構……というかこれぞ経済成長じゃないですか.やっぱり指標としては総額よりも一人当たりが重要だ.


というわけで
経済成長=一人当たり実質GDPの上昇
というところから出発しましょう.


 一人当たりGDPの推移は「潜在水準の変化」「潜在水準周りの動き」に分解できます.潜在水準の変化をもたらすのは「一人当たり労働時間とその質」「一人当たり資本(生産設備)」「その他技術進歩」に分類できる.これの長期的な伸びを上昇させるためには経済活動が効率的に行われるための条件整備が必要.
 小泉内閣の政策とかいわゆる構造改革派の人たちが目指したのはこの潜在水準,そして潜在水準の上昇率を向上させることだったわけです.


 最近流行の小泉構造改革が失敗だった云々の議論は半分正しくて,半分間違い.まず,この種の潜在的な産出力向上のための政策は効果が出るまで少なくとも10年以上はかかる.その意味で小泉改革が潜在成長率を上昇させたかどうかはまだまだわからない.もっとも,たいしたことは何もしていないので効果もなかっただろうという主張はわりと的を射ている気はしますが…….

 仮に小泉改革が潜在成長率の向上を目指していたとすれば,手法はともかく思考としては正しい.潜在成長率向上のための政策は「いつでも」「どこでも」必要です.

 じゃあ小泉(というか実際のところは森〜小泉)の経済政策の何がまずかったか.それは「一人当たりGDPの推移」のもうひとつの部分である「潜在水準周りの動き」に無頓着だったところです.潜在能力が高くてもそれが発揮できてなければ意味はない.さらに90年代以降の日本経済はほとんどの時期でこの潜在能力を下回っていた*5ため,「実力どおりの結果を出す」だけで経済状況は大幅に好転していたと考えられます.

 ここで山形さんのお話が生きてくる.潜在水準を決める労働者の質やその他技術進歩って……結構ほっといても伸びちゃうんです*6.この比率がどのくらいかについては,シノドスでの岡田靖氏の講演によると2%くらいといわれる.これはデータをぐちゃぐちゃいじってきた僕の直感とも大体同じ.


ここで重要なこと,
・なんだか僕らは年率2%くらいで要領がよくなってるみたい
・これが長期的な経済成長の源泉(のひとつ)だ
というわけです.


 特別な政策措置がなくても経済の効率は2%くらいで向上していく.実はこれは恐ろしいことかもしれない.毎年2%で効率が向上するってことは同じだけの財・サービスを作るのに必要な労働力が2%減少していくということですから.言い換えると……今までどおりの時間働いた時の「供給能力」が2%上昇していくと,実際の売り上げのほうも2%で伸びないと,毎年2%の労働過剰が発生することになる! この2%を吸収するためには,


・各人の所得一定で全員が毎年2%労働時間を減少させていく 
・毎年2%の人が職を失っていく


のどちらかが生じざるを得ない*7.前者がワークシェアリング……後者が90年代の日本で起きたことです.じゃあワークシャアリングがいいじゃないかと思うかもしれないけどこれもまたそう単純な話じゃない.自分自身の能力が向上している中でそれに伴って収入も増えて欲しいって思う人は少なくないでしょう*8.そうすると


・潜在成長率の伸びにあわせた実際の経済成長


がないとどうしてもどこかにツケをまわさざる得なくなる.ここで「自分の所得が伸びればいいなんてけしからん」と怒るのは簡単.口で言うのは.でも残念なことに,僕も含め,世の中の大半の「弱い人」はそこまで達観できない.やっぱり物質的に豊かになりたいもん.みんながこの手の欲望を捨てよという主張は人間性そのものへの革命という宗教的なミッションか人間の価値観に対して政治的な制約を加える体制のどちらかにならざるを得ない.そして少なくとも僕は宗教家ではないし,独裁者にもなりたくない(独裁体制下の市民にはもっとなりたくない).

 これについて「もう欲しいものなんてない」っていう人がいるかもしれないけど,そういう人は毎年生活費以外の全所得をちゃんとどこかに寄付してますか? まさか貯蓄なんてしてないですよね?? 貯蓄は「将来消費する権利」ですから立派な「欲しいもの」のひとつなんです*9

 というわけで労働市場の問題を改善するためには,潜在的な生産水準に合わせた現実の経済成長がなくてはならない.少なくとも両者の乖離を最小化する政策が必要.そして(潜在水準の実現を前提にした上で)潜在的な生産水準の伸びも高いならばなおさら結構という結論にたどり着くわけです.

 そんなこんなで今日のまとめ!


・経済成長とは一人当たりGDP増加ことだ
・経済成長は「潜在要因」「循環要因」にわけられる
・循環要因の悪化を放置すると特定の一部に負担のしわ寄せが来る


というわけです.
 循環要因の制御なんて出来るのか!?というと,完全になくすことはできないが縮小は可能というのが答えになるでしょう.そして日本以外の先進国は日本よりは上手にこの安定化をやってきた.昨今の世界大恐慌状態においても震源地である米欧よりも日本のほうが資産価格の下落は大きいという点についてよくよく考えてみる必要がある.外国の失敗を嘲るのではなく,何が学べるかを考えなければいけません.


■追記
ブクマを読んでふと気づいたんだけど,上の記事だけを読むと財サービスの量だけ増えてもしょうがないと感じる人がいるかも知れません.でもご安心あれ♪ 実質GDPは実質化の過程で質についても調整しています*10.その意味で潜在的な実質GDPの増加って言うのは「質向上を数字上数量の変化として換算した上で」われわれが2%豊かになっているということです.


■追記(2)
コメント欄からの飛び火ネタです.

Q.
 労働過剰を吸収する新たな経済活動が見つからないというケースは考えられるのか?

A.
 長期的にはこのような供給(能力)過剰があると現在購入可能な財・サービス(現在財)の値段が低下して将来財に比べて割安になるために現時点での需要が増加してこの様な過剰は解消されるというのが経済学的な答えです.しかしこの議論には問題が……そう.「長期って何年ですか?」という問題です.経済学者が「長期」と言い出したらとりあえずこの質問をぶつけましょう.僕も含めたいていの経済屋が言いよどむと思います.「長期には」って言ってる間に我々はみな死んでしまうかも知れない.
 そして,労働市場におけるこのような調整はより直接的に(失業者以外でも)労働者を苦しめます.2%の人が不要になる状態では実質的な賃金(労働の単価)に引き下げ圧力がかかる.「おまえも失業者になりたいのか? そうでなければ待遇の悪化は我慢しろ!」ってことになる.このような待遇悪化によって「そんなに待遇悪いなら今は働く自体のやめとこ」って人が2%でればめでたく労働市場の調整は完了♪……だけど,そんなひと(働いても働かないでもいい人)まずいないですよね.だからこの調整はそうそう進まない.そして契約等の問題で賃金の額面が下がりにくい状態では,この待遇悪化は労働強化の形をとる.すると,この種の調整の究極の姿は死ぬか病院送りで働く人が減ることで達成されるということになりかねない.だからまずは「そんなに待遇悪いなら他にいくらでも働き口はあるぜ」って方向に持っていく必要がある.実際潜在成長率越えを果たした2003年と2005年から2006年前半にはごく短い期間ではありますが労働市場にこのような空気が漂い始めました.同時期の景気の腰が弱かったのはけして偶然の出来事ではありません.「景気が過熱している」「バブルだ」「このままだとインフレが制御不能になる」という主張に従った引き締めが原因であったことを忘れてはいけません.
 

*1:実はもう少しまとうと思ったんだけどなんか風呂はいって考えてたら早く見て欲しくなっちゃった

*2:SNAの属人主義と属地主義の話はいったん捨象ね.

*3:GDPは国民生活と関係ないとか豊かさをあらわしていないという批判については今回は取り扱いません.また今度ってことで.

*4:ただし,なお高齢化による稼動人口比の低下という問題は残るけど,これはライフサイクルの変化に過ぎないかもしれないから判断は難しい…少なくとも人口減少=成長不能って単純な話じゃないって点が理解していただければまずはおk.

*5:『2009年版現代用語の基礎知識』の「景気」を参照ください♪

*6:たとえば今僕は投稿中の論文のリライトの一環でグラフの見た目をきれいにしてるんだけど,昨日から今日だけでひとつの似たようなグラフを作る時間は大幅に減少している

*7:もちろん両者が半分づつという選択肢もあるけど,問題はこの二つのどっちに傾斜するかです.

*8:ワークシェアリング実現のための方法については次週のエントリの課題にさせてください.

*9:でもとりあえずなんだか今は欲しいものがないんだっていうすばらしく恵まれている人! その種の需要飽和問題は経済学的にも大きな問題なんだけど,これは僕はちょっと前にその尻尾をつかんだと思うのでしばし待っていただきたい!

*10:物価指数での質調整が不十分だという議論はもちろんある.