予備校時代の思ひで(GDPすげぇ!な話)

 1日のエントリ(まずは三択)に引き続き,2日のエントリ(経済成長って)についても小飼弾さんが取り上げてくれたようです.そのなかで,

GDPを倍にする方法
1. まずは、お隣どおしペアになって下さい。
2. お隣の家事を全てやってあげてください。
3. それに対してお金を払ってください。


が紹介されています.これ!すごい懐かしい! 僕が資格試験予備校の講師をやってたときのつかみの定番ネタです*1.でも今は余りこのネタを使いません.それはある学生からの質問(糾弾?)がきっかけです.

 高田馬場でいつもどおり「家事を形式だけでも市場で取引するとGDP激増する」という話(と後述のそれでもGDPでいいって話)をした後,教壇に一人の学生が質問に来ました.確か一番優秀なクラスだったと思います……優秀な学生は教師をやり込めるためだけに質問に来ます*2


学「先生! さっきの隣の家の家事をやる話は不可能だと思うんですが(ニヤニヤ)」
漏「もちろん現実的な話じゃないですよ.家事サービスはやるほうも受けるほうも家族がやるから効用があるって部分があるし」
学「いや.それどころじゃなくて全員の家事の質がまったく同じでも無理です.」
漏「ん.そうかな……(うわ.他に質問に並んでる子建の手前上手に答えたいなぁ)」
学「質が同じならなおさら不可能じゃないですか(ニヤニヤ)」
漏「……(やばいなんか間違えてたかな??)」
学「なんで同じサービス受けて所得税払わなきゃならないんですか」
漏「!」


 なるほど.所得あるところに課税あり.というか課税しないならどうやって計測するのかもわからない.いままでの同じ家事水準を維持するのに隣と「家事交換」をしたせいで所得税が発生する.そんなことどう頼まれても誰もしないわな.もちろん法律で無理やりやられば……とか家事労働は無税……とかいろいろ反論は思いつくけど,こういうクリアな返しに反論するのはなんだか野暮だ.彼の頭のよさにとても感心した覚えがあります.
 現在の経済システム,そして課税システムのもとで経済状態の変化を計る方法としてGDP(というかSNA*3)は本当に良く出来ているなぁという一節であります.
 

 この話……もともとは「GDPに参入しないもの」を印象深く覚えてもらうための説明で,この後ろにそれでもGDPが重要な理由を続けていました.実は問題がある指標でも統一的な方法で継続的に観察すれば十分有用な情報を引き出せます.ここらは拙著『考える技術としての統計学』を読んでいただければと思います(宣伝).


考える技術としての統計学 生活・ビジネス・投資に生かす (NHKブックス)

考える技術としての統計学 生活・ビジネス・投資に生かす (NHKブックス)


だからGDPは統一的な手法でかつ継続的に用いられる必要がある.もっともGDPよりもっといい経済的幸福度を測る方法がいつの日か発見されるかもしれないけど……いまのところはGDPがベターな手法だということに異論がある専門家はいないでしょう.もちろん僕が先日のエントリで言及した「2%成長」の話は現行のGDP計測方法で計った場合の話で,もっといい計測手法だと1%とか3%とかになるかもしれませんが,僕の話の論旨はぜんぜん変わりません.
 ある日何らかの方法で小飼さんの「GDP2倍法」が実践されるとこれまで「93SNA方式」で計られてきたGDPを「小飼SNA方式」に変更するという作業を行うことになる.ちなみにこの手のSNAの方式変更の大規模なのは戦後2回行われています.そうすると基準変更の時点で統計の不連続が起きるわけですが,不連続点をまたぐ分析がめんどくなるだけで別に経済成長の要因や景気循環の様相は変わったりはしないんです.


■追記
ちゃんとした説明を読みたい方はP.E.S.さんのエントリで勉強しましょう♪


■追記(小飼さんからの質問への答え)
Q1. 2%が100年続くと7.2倍,2200年には日本人一人当たり現在価格で18万ドルですが?
A1. 大体妥当な数字ではないでしょうか?もっとも2%というのはここ150年くらいの先進国の話なので,まったく違う経済・社会システムでは2%ではないでしょう(中世なんかはほぼ0%)が……

Q2. 1000年後には4億倍……何を買えばいいの?
Q2. 1000年後どころか来年誰が何を買うかすら僕にはわかりません.そういうのはその時代の無数の起業家やなんか風変わりな発明家のアイデアの一部が実を結んでやっと見つけ出されるもので……僕なんかじゃとてもとても.ただし4億倍といっても米を1日何十万石食べるという話ではなく,質・バラエティーを考慮しての話です.

Q3.平安時代ってそんなに要領悪かったの?
A3. 悪かったでしょうね.紫式部が「真夏の夜中3時にクーラーの効いた明るい部屋でギンギンに冷えたフランス産の白ワインを飲みながらアメリカ人の奏でる音楽を聴く」という環境を入手するのはどのくらい手間だったか想像してみましょう.

Q4. 経済成長って、本当のところどうやって計るべきなのでしょうか?
A4. これは重要な問いかけだと思いますが,とりあえず僕は興味がありません.以前小飼さんにレビューいただいた拙著『ダメな議論』で言及した万能反論に似ているような気がします.どこかに真の経済成長があってそれがわかるまで何もしないというのは,怪我や病気に苦しむ患者に「人体の神秘はまだ解き明かされていない.だから診察も治療もしない」という医者に似ています.上手に定義された(well-define)経済成長概念の関数になっている指標で計れば当面それでよいでしょう.金銭的で物質的な豊かさの関数としてのGDPが「今入手できるまぁまぁよい試薬」なわけですから,まずは利用しましょう.

*1:元ネタは多分駒場のマクロの授業かなんかだったと思う

*2:僕はよいこなので先生を困らせるような質問はしませんでした……こらそこの君!対偶を取らないように!

*3:なぜかGDPというとアレルギー反応がある人がいる(くたばれGNPキャンペーンのせい?)からこれからはSNA(System of National Account)っていうようにしたらどうだろう.