『日本を変える「知」』(芹沢・荻上編,光文社)

 本日満を持して……SYNODOS READINGS第一弾『日本を変える「知」』が発売されます.編者は社会学者の芹沢一也氏と批評家の荻上チキ氏.執筆は鈴木健介氏,橋本努氏,本田由紀氏,吉田徹氏,そして僕です.


日本を変える「知」 (SYNODOS READINGS)

日本を変える「知」 (SYNODOS READINGS)


内容は,

はじめに(芹沢一也
1:「経済学っぽい考え方」の欠如が日本をダメにする(飯田泰之
2:ニッポンの民主主義(吉田徹)
3:教育・労働・家族をめぐる問題(本田由紀
4:日本ならではの「再帰的不安」を乗り越えて(鈴木健介)
5:誰もネオリベラリズムを全面否定できない(橋本努
あとがきにかえて(荻上チキ)

となっています.


ご存知の方も多いかと思いますが,本書は言論スペース「シノドス」でのセミナーをも元に加筆修正されたものです……がみんなガチで書きすぎ(笑).僕は(自分としては)かなり加筆したので「やりすぎ」といわれるかと思ったら……むしろ僕のほうが大人しい部類です.セミナーに参加された方,メルマガで一部を既読の方にも十分楽しめるコンテンツだと思います.
 また書籍版でのあらたな試みとして,各章ごとに多少の分担者からのQ&Aが付記されています.いずれも劣らぬ論争子ですのでなかなか面白い問答になっていると思います.もちろん僕も各氏からの質問に返答しています.そのなかで一番キツい……というか「え〜!それをいわれると返答に窮するんですけどぉ(汗)」な質問が橋本努氏からのものです.というわけで,いかが僕の苦しい言い訳w

【問4】橋本努さんの質問

 混合経済主義→市場原理主義福祉国家主義、云々。イデオロギーの立場を数年ごとに変えても、経済学者やエコノミストはどうして平気でいられるのでしょうか。無節操と言われないための知恵でもあるんですか。


【答4】飯田さんから、橋本努さんへの返答

 まずは、経済学者・エコノミストに限らず評論子に共通する部分からお話しします。メディアでの活躍をメインとしている論者は、その時その時の世間の空気に合わせて主張を変えていかないと仕事がとれません。中古車販売店の店員がある人にベンツを勧め、ある人にタウンエースを勧めても良心の呵責を感じないように、商売なのだからいたしかたないという側面もあるでしょう。ここまで極端ではないにせよ、ある程度の注目がなければ自分の主張を聞いて貰う機会を得られないのは確かです。自分の主張を世に問うのが目標であるならば股をくぐるべきときもある……のかもしれません。
 経済学者・エコノミスト特有の事情については経済学が社会哲学から生まれ、社会工学へとその役割を変えていった学問分野であるという事情が大きく影響していると考えられます。
 現代の経済学では、アカデミックな色彩が強い人ほど、イデオロギーについての賛否に無頓着です。つまりは、経済学の役割は現時点の経済状況を所与として「その状況を説明するモデルを開発すること」、そして「政策目標を達成するための最適な手段を提供すること」「ある目標達成のためのコストを提示すること」であって「政策目標そのものを決めること」ではないというわけです。この思考法に忠実に従うと、頻繁に変わる「経済環境」と「現在の多くの人の価値観」をふまえて、それが提示する目標達成・状況改善のための方法が変わるのは、無節操というよりも当然の対応ということになるかもしれません。その意味で、いつでもどこでも主張内容がかわらないエコノミストはかえって信頼できないと思います。
 もっとも、日本の経済学者・エコノミストの意見がコロコロ変わるのはこのような正当な(?)理由だけではないと思います。
 日本ではビジネスエコノミストの大半、そして少なからぬ大学の経済学部教員が標準的な経済学の訓練を受けていない状態です。経済学という思考の核がないため、状況に応じて「みんなが言っているような話を繰り返す」ことしかできない。そのため彼らの意見はおおうにして極端から極端にふれます。
 また、アカデミックな経済学者については我が国の経済学が理論分析にあまりに偏重してきたという問題があります。理論分析への特化がデータ・制度への無知(と恐怖)を呼び、その結果として国際的にも名の知れた理論経済学者がその「現状分析」に際して経済人の現場勘やビジネスエコノミスト達の流行話を鵜呑みにしてしまうような事態もある。
 経済学者・エコノミストの主張が変わったときには、その変化の理由が「空気を読んだ」のか「適切な対応」なのかもう一段つっこんで検討・批評願えればと思います。


 うぅむ.われながらちょっと苦しいぞ(笑).
 また僕の質問に対するアンサーとしては吉田徹氏の返答が面白かったです.出たばかりの本なので余り書きすぎると営業に差し障りますが,(日本的)民主主義におけるメディアの役割について示唆的な案を提示してくれています.本田氏と鈴木氏には結構意地悪な質問をしたつもりだったんですが,見事に切り返されているのでご笑覧いただければ幸いです.


 他分野の若手論客と話すのは実に楽しいんですよね.シノドスはその機会を十分(過ぎるくらい^^)に与えてくれる点で非常に刺激的です.セミナーでは文字には出来ないきわどい話も結構出るのでさらに楽しめるかと思います(自分以外のセミナーには何回かしか出たことないですけど).パッシブな一読者としてではなくインタラクティブに言論と遊ぶ機会として本書とともにセミナーを活用していただければと考えております……あっ!あと秋には大きな会場でのシンポジウムもやる(しかも経済ネタになりそう)かもしれないかもしれないので続報をお待ちくださいませ!