潜在成長率とインフレ・デフレ
twitterでのつぶやきに池田信夫さんと岩本康志さんがコメントを寄せているので,返答をば.
ニューケインジアンIS曲線の話
まずは池田さんのニューケインジアンモデル云々のお話.ここで池田さんは,
ニューケインジアン理論では、
GDPギャップ=α(自然利子率−金利)+需要ショック
で決まり(αは定数)、物価上昇率はGDPギャップの増加関数だからである
と言っています.これニューケインジアンモデルのIS曲線です.ものすごく要約すると実質金利から需要が決まり,GDPギャップが決まるっていう関係式.そして「生産性とインフレ率」の話をするのになんでこの式が出てくるのかわかりませんがそれはこの際おいといて.
NK-IS曲線は連立差分方程式で表現されるニューケインジアンモデル内のひとつの式なので,それだけを取り出して論じるのはまずい*1んですが,とりあえずこの式の示す変数間関係を整理しましょう.
今の議論に関係のないショックを無視して与式を展開すると,
→GDPギャップ=α(自然利子率−金利)
→GDPギャップ=α(自然利子率−{名目金利−(予想)インフレ率})
→(予想)インフレ率=βGDPギャップ−自然利子率+名目利子率
となる.ここで自然利子率=生産性上昇率です.すると自然利子率=生産性上昇率が上がると何が起きるでしょう.とりあえずインフレは起きなそうですね.
利子率平価説の話
次の利子率平価式(?)もよくわからない.為替の変化が全く考慮されていません.日本は固定相場制ではないので,為替レート無しの金利平価というのは理解できません.通常,利子率の均等化は,
です.ちなみにこの関係は先物に関しては完全に成り立ちます(先物カバー付金利平価).つまりは日本債で運用しても,米国債で運用しても為替の変化を考慮すれば同じだよ……という裁定関係を表している.ここから得られるインプリケーションは日本の名目金利が低いなら今後円高が予想されているというはずだという話です*2.
通常はこれだけですが,池田さんが実質で書いているので実質に直すと,
ここからは完全に想像ですが,池田さんが言いたいのはおそらくは
みたいな関係なのかなと思います.ここで実質金利が下がると予想インフレ率がさがる,だから実質利子率=自然利子率=技術進歩率が下がると予想インフレ率がさがる的な? でもこの金利均等の式はもともと名目金利間の裁定関係を表しているだけなので,実質利子率≠自然利子率です.10%デフレで名目0金利としましょう.このときも最初の平価式は成り立ちます.実質金利は10%ですが,これが技術進歩率を表すわけではないです.
岩本さんの指摘:流動性の罠の可能性について
岩本さんの話はもう少し専門的.「自然利子率=技術進歩率が低いと流動性の罠になりやすくなる」という話です.「流動性の罠=金融政策ルールにしたがった金利誘導目標が負になってしまう……けど名目金利をマイナスには出来ない状況」という定義で話を進めよう.
「名目金利の引き上げ」ではなく「自然と名目金利が上がる(目標誘導水準が正になる)」状態をもたらすにはどうしたらよいか.ひとつの答えが,もちろん技術進歩率を上げることです.技術進歩率向上=投資収益率向上ですから.この手の話は全然僕は否定していません.規制緩和や資源配分の流動性を高めることで潜在成長率を上げることは非常に大切.でもですね.これは他のどの手段も同じですが,一日にしてなる話じゃない.現在から今後にかけて継続的にやっていかなければならないことでしょう.
僕が不思議でならないのはなぜ生産性向上策以外の方策も同時にやってはなぜいけないのか……という点です.もちろん岩本さんは「そんな意図はない」とおっしゃられるでしょう.というわけでこれは岩本さんの議論を引いていろいろ言う人向けの問いかけ.
自然利子率が一時的(短期間という意味ではない)に負になっているとき,長期的に高い目標インフレ率維持にコミットすれば流動性の罠から脱出できる,という話について僕たちはすでに古典と言っていい論文を持っているはず.
もっともクルーグマンが想定するようなある期間にわたる負の潜在成長率ではなく,恒久的なマイナスの潜在成長率に直面しているという「流動性の罠」議論もあります.ただ,これについては僕は否定的.だって長期金利正ですから*3.ちなみにここにニューケインジアンモデルの泣き所……「その金利って何金利?」問題が顔をちらつかせるあるんだけど,それはまたいつか.
潜在成長率の引き上げでも,インフレーションターゲットでもいい.とにかくこの不況からさっさと脱出するためのあらゆる方法を実行すべきだというのが僕の見解です.両方やれ.
バーナンキのお話
以上の問題は上院金融委でバーナンキが日本とアメリカの違いについて質問されたときの言及が発端.ご指摘の通り,僕の発言は訳の方の「低生産性」「生産性の低下」への脊髄反射.
C-SPAN(の2時間25分あたり)を見ればわかるように,字面通りうけとると,「日本の潜在成長率(技術進歩率)は低い.アメリカはそうでもないからデフレの心配はないよ」といっている.ここからバーナンキが「日本は潜在成長率(技術進歩率)が低いからデフレ」と言ったという話になっていますが,それはちょっと微妙だというのが僕の理解です.
IMF定義のデフレ(=継続的な物価下落)そのものというよりも,日常用語のデフレ(=物価下落と不況の発生と長期化)についての質問のように聞こえるのです.または「日本のような長期不況に陥って抜け出せなくなる可能性」,または岩本先生の言及にあるように「流動性の罠の可能性」について説明していると考えた方が自然ではないでしょうか.当該部分の前にもギリシャとアメリカの状況の違いなどを答えていますし*4.
こう理解するといろいろすっきり.潜在成長率が高ければ(または生産性上昇率の低下が日本に比べてより短期間の現象なら)不況の長期化はそうは起きないでしょうし,流動性の罠に陥りにくいのは確かです.
元々の僕のtweetが脊髄反射だったで,最初に岩本先生のtweetを見たとき「物価の話なのになんで岩本先生は流動性の罠の話をするだろう」と思ってしまったのですが,そうではない.岩本先生のtweetそのものに,「バーナンキの言及は物価変化そのものではなく長期不況や流動性の罠への可能性への返答である」という答えが含まれていたような気がするんですがいかがでしょう.