『日本経済復活―一番簡単な方法』反響へのリプライ

 2月17日に発売されました,勝間和代氏・宮崎哲弥氏との共著『日本経済復活―一番簡単な方法』光文社新書)に数多くのレスポンスをいただきありがたい限りです.飯田単独でリフレ政策について語ってもこれだけの反応が得られることはないでしょう.この本でより多くの人に議論に注目頂けるようになったのではないかと思います.


日本経済復活 一番かんたんな方法 (光文社新書 443)

日本経済復活 一番かんたんな方法 (光文社新書 443)


 もちろん批判的な意見もたくさん寄せられています.なかでもしっかりと返答をしなければ行けないと思うのが,

です.

「アゴラ:飯田泰之氏への質問 - 池田信夫」へのリプライ

 池田先生の指摘は,

(勝間氏の提言を)それを「まったくそのとおりです。見事な説明ですね」などと持ち上げている飯田氏は、こういう勝間氏の「提言」が正しいと考えているのでしょうか。「アゴラ」のスペースを開放するので、お答えいただきたいものです。


とのことです.そのつもりだったのですが,アゴラの他のエントリと比べて著しく長いのと岩本先生の指摘にも言及したいので,自分のブログに書きますです.該当箇所は,

『日本経済復活―一番簡単な方法』p142-143


勝間 例えば極端な話では、インフレになるまで定額給付金配り続けるとか。最初は貯蓄されて使われなかったとしても、どんどん貯まって残高が100万円超えりしたら、みんな必ず使い始めますよね。そうするとだんだん需要が出てくるわけです。つまり企業がモノの生産を増やす。
 最初は、生産設備も余ってますしヒトも余ってますから、なかなかインフレにならないかもしれない。なら続けましょう。インフレにならないとお金配り続けられるんで、どんどんとお金が溜まっていきます。するとちょっとぐらい無駄遣いしてもいいかということで、徐々にモノを買い始めるんですね。で、それが加速してくると企業は「結構なんか売れるんじゃない?」って思い始めると、じゃあそろそろ設備投資しますかってことで、設備新しくしたりヒトを雇ったりする。
 でもそれも最初のうちは今デフレで現金貯め込んでいるんで、内部留保取り崩してなんとかなっちゃうんですよ。それでも足らないぐらい盛り上がったら初めてここで資金需要なんですよ。それをなんかデフレから脱却するのはいきなり資金需要が必要だみたいな話をしてて、ここはまず大間違いなんですね。


飯田 まったくそのとおりですね。説明の巧みさはお見事ですね。専門的には勝間さんの話はワルラスの法則と呼ばれています。今需要が足りないって言ってるのは、みんながモノを欲しがってないっていうことですよね。こういう財やサービス、モノの世界で需要不足なときは、必ず貨幣の需要が過剰になってる。つまり、みんな物ではなくお金を欲しがってる。財・サービス、貨幣、資産の全てが同時に需要不足になるのは不可能なんです。からなずどこかで需要超過になっている。現在は貨幣が需要超過の供給不足。この需要を財・サービスか資産のどちらかに流してやらないと行けない。


宮崎 ちょっと聞くと当たり前のことをいっているように思えるけど、モノに対する需要過小の裏には「必ず」カネに対する需要過剰がある。両者は表裏の関係にあるというのがこの話のミソですね。


 勝間さんの指摘は「いくらお金を刷ってもインフレは起きない」という強い命題を否定するために「インフレを起こす方法がある」という反例を挙げているものですから,論理的に正しいのではないでしょうか.無税国家云々とかバーナンキ背理法はもともと(植田和男先生の指摘する)「資源配分への悪影響、中央銀行の財務状態をへの配慮等を無視してよければ、デフレの克服はたやすい。」という認識よりも以前の素朴なデフレ不可避論への批判方法として登場したものです.
 さらに,勝間さんの発言をうけての僕の「まったくそのとおりですね。説明の巧みさはお見事ですね。」は勝間さんの説明が「ワルラス法則」の直感的な説明になっていることに感動*1しているものなのですが…….
 

問題は適切に切り分けられなければならない

 もちろん池田さんの指摘は当該箇所での僕の発言の意味を問うたものではなく,「飯田は金融・財政一体での脱デフレ提言に賛成なのか反対なのか?」という質問だと思います.これについては,岩本先生のtwitter上での指摘,

iwmtyss:@iida_yasuyuki お忙しいところすみません。私は,勝間氏,高橋氏,飯田さんの考え方が切り分けられるといいかな,と思っています。

がそのヒントを与えてくれていると感じます.現在,経済論壇で「リフレ」と言われる政策は3つに分けられるというのが僕の理解です.この3つの切り分けについては,

もご参照下さい.手短にまとめると,リフレ政策は

  • 【モデレートなリフレ政策】0金利解除条件を明確にし,その遵守のための法的措置を講じる
  • 【標準的なリフレ政策】コミットメントに裏付けをあたえるために量的緩和・為替介入を併用する
  • 【強力なリフレ政策】貨幣発行益を直接家計・企業部門に注入したり(いわゆるヘリマネ的な財政拡大),為替レートを大幅な円安水準で時限的な固定相場制を設定したりする

の3つに切り分けるべきだというのが僕の見解です.
 ここで僕の温度差をはっきりさせておきましょう.【モデレートなリフレ政策】【標準的なリフレ政策】について僕は強く賛成ですし,アカデミックにも根拠があり,大きな副作用も示されていない.両政策に関する「問題」は後述のコミットメントの可否のみであり,その解決のために全力を尽くすべきだと考えています.
 多くのリフレ論への批判は【強力なリフレ政策】に集中していますが,批判の多くはヘリコプターマネーへの副作用や急激な為替変動のリスクに関するもので【モデレートなリフレ政策】【標準的なリフレ政策】に対する批判にはなりません.これからは,

  • 【モデレートなリフレ政策】【標準的なリフレ政策】
  • 【強力なリフレ政策】

を分けて論じるように(賛成派批判派ともに)注意する必要があるのでないでしょうか*2.さて,問題の【強力なリフレ政策】に関する僕の「温度」ですが,まとめると

  • そこまでやらなくても何とかなるでしょう(理由は→こちらを参照
  • 財政政策はその効果について鋭意研究中

 財政政策に十分な効果があれば,ごく小規模な貨幣発行益の活用で強い脱デフレ効果が得られるので,副作用以上に便益が大きいと考えられるけど,

の指摘の通り,本当にはっきりしない.ただし,日本に関する研究では積極的に効くという主張は少なく,自分自身の分析でもどうも乗数は低下しているようだというところからどうも僕は「ごく小規模な貨幣発行益の活用で強い脱デフレ効果が得られる」と言う気にはなれないのです.というわけで……

僕の主張!

  • 【モデレートなリフレ政策】0金利解除条件を明確にし,その遵守のための法的措置を講じる
  • 【標準的なリフレ政策】コミットメントに裏付けをあたえるために量的緩和・為替介入を併用する

このふたつをさっさとやれ! コミットメントを強固で信頼できるものにするための方法をありとあらゆる角度から検討せよ! 【強力なリフレ政策】まで必要かどうかはこの二つが実施された後で考えればよし.


というものになります.

ちょっとだけ専門的な話

 ここで,仮に乗数が小さいとしてもそれがマンデルフレミング効果によるならば……金融緩和と財政支出の組み合わせは大きな脱デフレ効果を発揮することになる.これをもって【強力なリフレ政策】の有効性を主張する事も出来ます.ただし,乗数が小さいのがマンデルフレミング効果かどうか(少なくとも僕は)まだ決めかねています.
 もしかしたら中立命題かもしれないなぁ……と.仮に乗数低下が中立命題ならばリカード型の政府では財政政策は効かない.非リカード型の財政政策ルールに(またも!)コミットする必要が出てくるので期待される政策効果の実現への道のりはさらに遠くなりますし,現行の日本の財政よりもさらに放漫な財政を想像するのはちょっとむつかしいので実現現可能性が低い.
 というわけで,とりあえず現在の飯田の研究方針としては,非リカード型家計と開放経済変動相場制の両方を含んだDSGEモデルの構築とそれを用いた政策効果分析*3となっています.

【感想】『日本経済復活 一番かんたんな方法』 -岩本康志のブログへの感想

 
岩本先生の懸念は

 区別しておきたいのは,144頁からくわしく議論されている,インフレ目標をはじめとする5つのルールと,そのルールを守る具体的な手段のことである(本のなかでは区別はついていると思うが,読者のために強調しておく)。学界では,ルールが守られるという前提で,それぞれのルールがどういう効果をもつのか,どのルールが優れているか,ということは盛んに研究されている。しかし,ルールが守られるという前提で書かれている論文が多数あっても,ルールが守られることが保証されたことにはならない。


のように現代的な金融政策の論文(の多く)が前提とする「ルール」をどのようにして民間経済主体に周知させ信頼してもらうかという点に集約されているように感じます.
 岩本先生のエントリにも引用されている植田提案「1%を超えるまでゼロ金利を継続すると宣言してはどうか」*4を例にとるなら,

  • 日本銀行が「インフレ率が1%を超えるまでゼロ金利を継続すると宣言」したときに,
  • 民間経済主体が「インフレ率が1%を超えるまでゼロ金利のままだ」と考えて行動するようになる

ためにはどうしたらよいかという問題になるでしょう.
 この様に整理したところで,僕としては岩本先生とどこに意見の相違があるのかわからなくなってしまう……と思っていたところ,次のエントリである「インフレ目標」は中央銀行のコミュニケーション手段 -岩本康志のブログと併せてを読むと何となくわかってきた感じがします.
 これは想像なのでどんどん批判頂きたいのですが,岩本先生は経済学の枠組みの中で「守られ,信頼されるルール」が示されていないことをもって,金融政策への提案は未完成な主張であると指摘されます.これはこれで全くその通り.一方,僕は「守られ,信頼されるルール」を作るためには狭義の経済学だけではなく,あらゆる方法を動員して行くべきだと考えます.つまりは,

将来のマネーストックを増やすことを皆が確信してくれれば,インフレが起こる,というのなら正しい。

ならば「皆を確信させるための方法」を考えることに勢力を注ぐべきだと思うのです.
 その答えは経済学以外の分野……法学・政治学行政学から心理学・マーケティングから答えが出るかもしれない(もちろん経済学で答えが出るかもしれない).そのために,問題を狭義の経済学界(学会)の外にも知らしめ,より多くの知見をもって政策の継続性の信頼を得る方法を考えるようにしなければならないと思うのです.経済学者が経済学以外の知見をあてにすると言うのは少々不純ではありますが,政策に関する期待(予想)・信頼・継続性の担保といった分野について経済学は必ずしも最先端の科学的理解に達してはいないかもしれない.さらに,このような信頼を高める方法は政治やメディアの中にあるかもしれない.
 だから僕は誰とでも話をしたいし,誰からでも影響を受けたいと思うのです(もちろん影響も与えたい).

*1:実際にビジネスをしている人の直感がビシッと経済理論に重なっているのを見た時ってなんか感動しませんか? 経済学ちゃんと機能してるよ! みたいな

*2:それにしても我ながら自分のネーミングセンスのなさに泣けてくる.誰かこの3つの政策それぞれに名前をつけてくれないですかね……かっこいいのを希望.

*3:同研究は内閣府経済社会総合研究所(ESRI)での和合肇先生,矢野浩一氏,松前龍宜氏,岩田安晴氏,佐藤綾野氏,岡田靖氏との共同研究です.研究成果は5月以降日本経済学会,日本経済政策学会等で順次報告していきます.最終的な野望としては……短日にかわる政策分析・予想のベースラインモデルになってくれないかなぁ.

*4:岩本先生は植田提案通りの1%に近い立場とのことですが,CPIの上方バイアスを考えると1%では低すぎるというのが僕の意見です.