名目成長率の向上で財政再建を行う条件*1
まとめ
直近の実例
ごく簡単な話としては,2006年・2007年に国と地方併せてのプライマリバランスがGDP比で(直近の最悪期の▲5.7%から)▲1.8%,▲1.2%まで縮んだことからデフレ脱却さえ出来ない小規模な景気回復でさえ財政は改善することがわかる.もっともこれだけでは納得しないという人が多いだろうから,ここでちょっとしたシミュレーションをしてみたい.
ちょっとした試算
名目成長率の増加でどの程度まで財政再建可能かを考える比較的平易な計算式を提供しているのが『Voice』2011年4月号の小黒一正氏の論文だ.同記事では公的債務の対GDP比をインフレだけで解決しようとすると10%以上のインフレが必要となるという点ばかりに注目が集まってしまっているが,落ち着いて読むとなかなか面白い情報を与えてくれることがわかる.
ごく簡単な式の整理により公的債務残高の対GDP比は以下の漸化式に従うことがわかる.
公的債務残高の変化=利払い比除く政府支出-[1+(税収弾力性-1)*名目成長率]*前年の政府収入+(名目金利-名目成長率)*公的債務残高
ただしすべて対GDP比.小黒氏は1970年-2010年のOECD28カ国の四半期データを用いて,政府収入成長率(([1+(税収弾力性-1)*名目成長率]))と金利成長率差(((名目金利-名目成長率)))への実質成長率とインフレ率の影響を推計する.推計結果は,
名目金利-名目成長率=0.00768-0.936*実質成長率-0.187*インフレ率
政府収入伸び=0.00839+1.06*実質成長率+0.81*インフレ率
となっている.ここから,小黒氏はインフレよりも実質成長率の方が財政好転にとっては重要であると結論している.これについては全く正しいし,実質成長率上昇のための改革は不断に行わなければならない.ただし,それはインフレが財政再建に役に立たないことを意味しない.
そこで,基礎的財政収支を▲7%,0期に関して公的債務残高1.9,政府収入対GDP比は地方税併せて0.3,政府支出対GDP比0.37とした*1.
以上の設定でまずは実質成長率2%インフレ率2%で各変数がどのように変化するかを観察してみよう.なお,政府支出については抑制なし(名目GDPと同率で変化),一部抑制(インフレ率+1%で増加),インフレ分(インフレ率2%だけ増加)の3パターンについて記している.
債務残高伸び率がマイナスになれば,社会保障分を除く財政についてはバランスしたと言って良い.表の通り,歳出抑制を行わず成長に合わせて支出を伸ばしたならば4%成長をしても財政再建はできない.一応計算上は18年後にバランスすると言うことになっているが,現実的ではない.ベースにしている推計がフィッシャー効果を考慮していないため,このような長期に渡って維持可能な関係ではないと考えられるためだ.インフレや成長によって「名目金利<名目成長」を維持できる期間は4-7年前後であると考えられる*2.その意味で.2%成長ならば歳出の伸びをインフレ率分に,最低でも名目成長率よりは少々低く抑制する必要があることがわかる.
中には「日本は2%成長なんてできっこない」という議論もあるだろう.この見解に私は全く賛同しないが,そう考える人がいるので嫌々ながら実質成長率がもっと低いケースについてもシミュレートしてみよう.実質成長率が1.5%,インフレ率が2%の3.5%名目成長の場合のシミュレーションは以下の通り.
なおこの場合の一部抑制ケースは支出の伸びを2.75%にするというもの.この場合,歳出の一部抑制では計算上の財政再建に10年掛かるため実際の財政再建の成果とはならないだろう.この場合財政再建には,歳出の変化をインフレ対応分の増加のみに抑える必要がある.しかし,ここでも実質的な歳出規模を一定に保っただけで財政は再建できる.
財政再建のポイントは2%インフレと節度ある歳出運営にあるのだ.