地位財+コース>ロールズ

 タイトルはなんとなく「r>g」みたいなことを言いたかっただけなんですが。。。再分配に関して目から鱗の指摘をしてくれるのがこの本です.

ダーウィン・エコノミー 自由、競争、公益

ダーウィン・エコノミー 自由、競争、公益

 

 『ダーウィン・エコノミー*1』よりも,地位財・コース(Ronald Coase)・ロールズ(John Rawls)あたりが入ってた方が方が内容を端的に表している気がします.

 再分配はとどのつまり「誰かの財産を奪って」誰かに与えることですから,正当化に相当の理由が必要です.その正当化の理由の一つ--そして,私自身が最もよく使ってきたロジックがロールズ(John Rawls)の「無知のベール」を援用するもの.ここでは,無知のベールをちょっと経済学風味にした公正観察者バージョンの説明を貼っておきます.

  

 再分配政策は保険です.この考え方に基礎を与えるのがハルサーニ(John C. Harsanyi)の「公正観察者(impartial observer)」という概念です。これは「生まれる前の人間」のようなものだと考えてください.おとぎ話風に言えば,コウノトリがどのお母さんのお腹に命を宿そうか上空で考えているような時点です.想像してください.現在のあなたはコウノトリの籠にいる「命の種」です.

 命の種の段階では五体満足か否か、頭がいいのか悪いのか、勤勉か怠惰か,どんな国や家庭に産まれつくのかといった様々な要因は全くの未決の状態です.現実世界の私たちは――例えば筆者の場合は「日本人で」「男で」「大学教員で」といった属性に依存して物事を観察せざるを得ません.それに対し,この命の種には何の属性もないので公正な観察者と言えるわけです.

 公正観察者・命の種であるあなたは自分がどんな属性の人間になるのかについて不安ですよね.すると「不幸な生まれになってしまった場合の保険が欲しいな」と考えるんじゃないでしょうか.生まれてくる前に後の不幸についての保険をかけることが出来たらみんな入るんじゃないでしょうか.

 もちろんこんな保険は成立しません.通常の保険は常々掛け金をかけておき、実際のアクシデントが生じたら保険金が支払われるという契約です.しかし,この命の種保険は前もって保険料を徴収する事なんて出来ません.なんといっても命の種なんて実際には存在しないのですから! このような「命の種への保険」を税金という後払い形式で行っているのが再分配政策なのです.

 

from 飯田泰之ゼロから学ぶ経済政策

 

 自分で書いといて何ですが,この論理,ちょっと弱いと思いませんか? 実際に意思決定するのは「生身の」「現実の」人間です.すでに自分が「金持ちの家に生まれた」「金を稼ぐ能力がある」ことを知っている状況で,自身の置かれた環境を完全に忘れて社会を構想するとか,税制への意見・態度を決める……理屈では可能でも現実的ではないですよね.

 本書の議論は,再分配の正当化について上記のものより遙かに説得的な論理を提供してくれます.なんと本書では「合理的なリバタリアン*2ならば(現在世界で行われているような)再分配政策に賛成せざるを得ない」ことを証明しているのです.

 

 議論の前提は,現代の経済で人々の満足度をたかめる多くのものが地位財である点+いかにも累進課税や公共福祉に反対しそうな富裕層ほどその傾向が強いであろう点.

 ちなみに地位財とは,他人に対して優位であることによって満足度が得られるモノ・コトを指します.例えば,周りがみんな1万円くらいの時計をしているときにOMEGAの時計持っていたら……すごく満足だけど,周りがみんなROLEXしてたらOMEGAじゃ満足出来ない……というとき,この時計は地位財というわけ.さらに,社会の中で「偉い人」「成功者」として認識されることなんかも文字通りの「財」じゃないけど典型的な地位財ですね.

 地位財のポイントは「自分より下の人」が居てくれないと効用(高揚?)を感じられないところ.全員が同じモノを持っていたら全然意味がないわけ(それがどんなに素晴らしいモノでも).

 

 地位財を得るためには……「自分より下でいてくれる人」が不可欠です.しかしノーフリーランチは経済学の大原則.「自分より下でいてもらう」ためには対価が必要--それが再分配というわけ.

 ここで,

 

・自分の(そして自分以外の)特性・能力が十分わかった上で

・ゼロから社会を作る(または自分が納得いかないルールの社会からは逃げられる)

 

というとき……自身の効用を最大化する合理的なリバタリアンは,累進課税低所得者への支援といった一般的な再分配のある社会を選ぶことになります.

 その証明にはコースの定理が活躍するのですが,地位財の仮定とコースの定理から「無知のベール」「公正観察者」というフィクションなしに社会契約として再分配政策の成立を示すことが出来てしまう……ここにおいてロールズの超克*3が果たされたのです。。。



 詳細は本嫁。。。ではありますが,本書の示唆は実はとんでもない社会的,政策論的なインパクトがあります.本書のなかで繰り返し登場する,富裕層への減税は富裕層の効用をあまり上昇させない(逆もしかり)という点も重要な提言ですが,この議論を私なりに拡大し,先鋭化すると

 

高所得者層の海外脱出を防ぐために,累進課税をキツくしろ!

 

という結論が導かれてしまう。。。低所得者層が海外に脱出出来る状況では,再分配が不十分だと低所得者が海外に流出してしまい,高所得者層が一番欲しい地位財を入手出来なくなってしまう.すると高所得者もまた,地位財を得られる海外に流出することになるでしょう。。。それを防ぐにはそれなりに再分配が必要であり,再分配は高所得者を不幸にしない……これって北欧を説明する理論モデルにもなり得るのでは?

 現実の政策論として,累進消費税や公共事業の重要性など非常に興味深い論点がたくさん示されているのですが,個人的にはロジックそのものに心動かされた本であります.

 

*1:英題も”The Darwin Economy”です

*2:本書では自身の効用を最大化するよう行動する人を合理的と呼んでいます.対義語は原理的なor教条的なリバタリアン

*3:実は本書の中でロールズはほとんど登場しません.終章にやっと名前出てきて安心した^^