読書短評(2)
せめて隔週,ゆくゆくは週刊にしたいなぁの読書短評です.低評価の本はそもそも紹介しない方針*1なので,何も書けない週とかもありそうだけど。。。とか思ってたら今週は豊作すぎてどれを紹介するか迷ったので……とりあえず二冊+α.
全国民必読の書
- 作者: ポール・クルーグマン,山形浩生,大野和基
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2013/09/14
- メディア: 新書
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これを読まずに何を読む?という本.結論も根拠も説明方針も明確.クルーグマンが最先端の経済理論を知り,知ってるだけじゃなく自身なりの根拠をもってそれを批判的に評価しながら,現実の経済を語っていることに異論を挟むことはできない.この本にどういう風にアンチな人が反論するのか楽しみな一冊.
■アンチの反応予想
◎ クルーグマンは昔は凄かったが,今では最先端の経済学から取り残されており,欧米の経済論壇でもみんな無視している*2.
○ クルーグマンは日本のコトなんて何も知らないで,機械的に自説を当てはめているだけ.日本の経済政策への提言としては無意味*3.
× クルーグマンはしょっちゅう自説を変えていて,その発言には意味がない.今回も流行のアベノミクスに便乗しているだけ*4.
△ 翻訳や編集が悪い.特にY形が関わっていることで,本来のクルーグマンの意図とは全く異なる主張のように印象操作されている*5.
… ノーベル経済学賞なんてものはない.だからクルーグマンをノーベル賞受賞者としているこの本は嘘つきであり,故に内容も嘘である*6.
… タイトルが扇情的すぎてイクナイ!*7
感動の一冊なので,後でエントリ立てて,印象に残った一節をまとめてみたいと思う.
今週のおすすめ
二つの「競争」―競争観をめぐる現代経済思想 (講談社現代新書)
- 作者: 井上義朗
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/09/14
- メディア: 新書
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感涙モノのクルーグマンの本はさておき,非常に良かった本がこちら.競争万歳の市場主義者,競争イクナイという「良識派」の人,同じく競争イクナイという競争戦略論者……それぞれが考えている「競争」ってそもそも同じモノではないんじゃないの?というのは僕の十数年来の疑問でもありました.
その意味で,冒頭で提示される本書の問題意識,
競争とは何なのか,私たちは競争をなんだと考えているのか.私たちは,はっきりと自覚しないままに,どのような「意味」を競争に与えているのか
という言語論的な把握だけでも(僕にとっては)本書は「買い」です.
(経済的)競争の内実として代表的な二つのアイデア−−伝統的で完全競争市場的な市場観であるcompetition,現代経済学の問題意識に近いemulationについて,言語学的出自,古典派経済学での用法などからその異動を整理していく作業は,僕ら読者の「競争観」を改めて整理する機会を提供してくれます.
そして,実はこの本のおもしろいところは四章後半から五章! まぁ両競争観の紹介・整理の中でちょこちょこ伏線があるんだけど,competitionとemulationのどちらを,どのような理由から必要な競争として位置づけるかという部分.論旨展開と結論に,おおっ!?と驚いて欲しい.
これに関連して
認識は言葉に引っ張られる.「競争」という言葉に関して,僕は自著(たとえば『世界一シンプルな経済入門−経済は損得で理解しろ! 』など)の中で何度か「争う」という字が入ってしまったのは,日本人の競争観を大きくゆがめる原因になっているのではないかと書いている.
言葉って大切.というよりも,僕は哲学的な問題は単なる言葉の誤用がほとんどなんじゃないかとさえ考えている.哲学者とか思想家の人が考えているらしい「深遠な世界の真実」って,もともと疑似問題にすぎないんじゃないだろうか.ひらったくいうと,哲学とか思想って……元々意味がない(原理的に答えがあるはずのない)質問に(定義により)誤った回答を出し続けているだけではないのか?というわけ.
- 作者: 土屋賢二
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/03/10
- メディア: 文庫
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このような仮説の明快な解説をやらせたら,日本では土屋賢二に右に出る者はいない.実は,このblogでも遙か昔(2006年1月)に紹介した,『ツチヤ教授の哲学講義』の文庫本が出ていることに書店で気づきました.この本は「講義」というだけに,お手軽な本のように感じられるかもしれませんが,野矢茂樹氏が
本書は哲学の入門書ではない.それはウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』という本が入門書ではないのと同じ意味で,そうである
という最上級の賛辞を書き出しとする解説を加えていることからも分かるとおり,実はものすごくおもしろい「哲学書」です.そして本格的な哲学書なのに,サクサク読める.まぁ土屋先生ですから.哲学に興味がある,哲学って何となくうさんくさいと思いつつあこがれる……という人は是非本書を読んでください.世にあふれる「○○評論」について批判的に振り返る力がつくこと請け合いです.
ツチヤ教授の哲学ゼミ―もしもソクラテスに口説かれたら (文春文庫)
- 作者: 土屋賢二
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/08/04
- メディア: 文庫
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もっと薄い本じゃないと読み切れないよ〜という人には,こちらもおすすめ.プラトンの『アルキピアデス』の一部を徹底的に読み込むことを通じて,哲学が言語の問題であると言うことを示してくれます.『講義』にくらべると体系的ではないので,できれば『講義』から読んで欲しいけどね.