所得と消費のデカップリング問題

過日(2020/1/9)に投稿した,『家計調査(家計収支編)』での勤労者世帯の可処分所得(手取り収入のようなもの)動向で指摘した通り,

データを見る限り収入はそこそこ上がってきている.参考までに,勤労者世帯平均の月の可処分所得額の推移を再掲しておきましょう.

20200109図1

その一方で消費関連で明るいニュースを聞いたためしはないわけです.このような,所得と消費の分離(デカップリング)の状況を,ここでも,『家計調査(家計収支編)』勤労者世帯データとその年間収入五分位を使ってみていきましょう.

 まずは用語の解説から.ざっくりと説明すると,

・平均消費性向=消費支出÷可処分所得

可処分所得=額面の収入-税・社会保険料社会保障受取

です.今回のデータは勤労者世帯のものなので,資産収入がないならば,可処分所得=月々銀行に振り込まれてくる金額のようなものと考えてください.すると,平均消費性向は月の収入のうち何割を使っちゃうかというデータなわけです.

 まずは平均値から,

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 2014年3月期(前回の消費増税時の駆け込み)を除くと,消費性向は77-79%.つまりは各世帯は平均的には収入の8割弱を使っていたようです.しかし,2015年頃から雲行きが怪しくなってきます.消費性向は徐々に低下し2019年前半には72%程度まで低下している.この間に1割近くも消費性向が低下したのです.

 この傾向は比較的所得の高い世帯でも同様です.年間収入上位20%の世帯では,72-74%だった消費性向が65%台にまで低下しています.

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注目したいのは低下の開始時期……全世帯平均での消費性向は2014年から低下し始めているのに対し,裕福な世帯での消費性向の低下は2016年または2017年以降――つまりは,所得の上昇が明確になってから顕著になっています.

 2014年,2016年に何があったのでしょう.消費増税後の景況の悪化によって増税以上に財布のひもが締まった……という理解にも合理性がありますが,2016年以降に高所得者層が倹約し始めた理由はなんなのでしょう.すぐに思いつく仮説はありませんので,もし思いついたことありましたら指摘いただければ幸いです.

 一方で,低所得世帯についてはこのような消費性向の低下はみられません.もともとギリギリのラインで生活しているので,消費をこれ以上削りようがないのではないかというのが私の理解です.その傍証として,年収下位20%世帯で消費増税前の駆け込みがあまり目立たないようです.

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 以上を整理すると,中~高所得層の消費性向の低下が「所得と消費のデカップリング」の正体であり,低所得層の消費性向は低下しておらず消費の底支え要因になっているとまとめられます.

 さて,ここから導かれるインプリケーションはなんでしょう.

 第一に,中~高所得層の消費性向の回復なしには消費の復活は難しい.だからこそ,彼らの財布のひもを締めている要因を調べないとなりません.ちなみに,将来不安――将来の増税社会保障等への不安なのではないかとも感じるのですが,まだデータ不足なので,強くは主張しないでおきます.

 ちなみに,ビジネスにむけてのインプリケーションとしては,中~高所得者層にはまだ消費余力がある.彼らに欲しいと思わせる商品・サービスが今後大きな商機になるかもしれません.

 第二の論点は,低所得者層の消費性向は高く(ぜひ各図の縦軸の数値も見てください),比較的安定しているという点です.これは低所得者層の可処分所得を増大させることの景気への波及効果が大きいことを示唆します.つまりは「低所得者層の収入を増やす政策は景気対策として有望である」というわけ.このように考えると,中~高所得者世帯に恩恵の大きい幼児教育無償化よりも,低所得者層への恩恵が大きい社会保険料の免除拡大といった措置が今後検討されるべきだという議論にむすびつくのではないでしょうか.