勝手な解釈より本人の説明

 各所で話題になっているBlanchardらの"Rethinking Macroeconomic Policy"ですが,ごくごく一部を切り抜いて勝手な解釈を加えるよりも,本人の説明を読みましょう.というわけで,Blanchard本人の会見の様子.


IMF Explores Contours of Future Macroeconomic Policy


インタビュアー(IMF Survey online:以下I):なぜあなたは今,新しいマクロ経済政策のフレームを紹介しようとするこの論文を発表したのですか.


Blanchard:危機が徐々に落ち着きつつある今,マクロ経済のコントロールに関する我々の知識を再評価すべき時が来た.マクロ経済学者と政策担当者は80年代前半からの着実な景気循環の安定化傾向を高く評し,我々はマクロ経済のコントロール方法を会得したのだといいたい誘惑に駆られる.そして私たちはこの誘惑に逆らうわけではない.(しかし,)危機はこれまでの結論に疑問を投げかけている.このペーパーで考えたいのはこの問題だ.


I:ということはこの論文はエコノミスト達の誤りを認めたものだということですか?


Blanchard:ん〜,当然ながらマクロ経済学者が今回の危機を起こしたわけではない.しかし,今は経済は安心だというのは誤った感覚だったと言うことに気づいた.この安心は危機に先立つ「Great Moderation(主要国で生産とインフレが安定して生活水準が上がったこと)」によって引き起こされたものだ.一方で,今回の危機はたくさんのことを我々に教えてくれた.私たちはこの「Great Recession」から多くのことを学びたい.

 私たちのゴールはマクロ経済政策のデザイン方針に関する重要な問題をあぶり出すことにある.そしてそのフレームワークを強化するためのアイデアを開発したいんだ.私たちは先進国・成長国・途上国への政策アドバイスをどのようにフィットさせるべきかについてより深く考えなければならない.


I:そしてその結論は?


Blanchard: 危機前のコンセンサスと基本的な部分は変わらない.潜在生産量と現実の生産量の乖離を小さく保ち,低位で安定的なインフレ率を維持することが2つの政策目標だ.そして、インフレ率のコントロール中央銀行の第一の責務であるである点も(訳注:これまでのコンセンサスと)変わらない.しかし,危機によって私たちはこの2つをどのようにして達成するかを考えさせられることになった.

 しかし,危機によって(訳注:新たに)明らかになった点もある.政策当局はGDPの構成や資産価格,レバレッジ率など経済の様々な部分にも注意を払う必要があるという点がそのひとつだ.そして,政策当局は潜在的には(危機以前に使われていたよりも)もっと多くの政策手段をもっているという点もそうだろう.これらの手段を最善の方法で使うにはどうしたらよいか……これが今後の課題だ.これまで通りの金融政策に加え,規制・財政政策が2つの有益な手段だ.


I:どのようにして金融政策と規制を併用するのです?


Blanchard:行きすぎたレバレッジ,行きすぎたリスク・テイク,明かにファンダメンタルズを超えた資産価格といった問題を取り扱うのに金利はよい道具ではない.(これらの問題への対応には)金融政策と規制の併用が必要だ.

 例えば,行きすぎたレバレッジ率の上昇には自己資本規制を強化すればよい.もし流動性が不足したならば,流動資産比率規制を強化すればよい.住宅価格の高騰を抑えたければ,ローン÷資産価格比を挙げればよい.株価の高騰を抑えたければ証拠金を上げればよい.
これらの手段はある程度問題を回避できるだろう.そしてこれらの手段は,政策金利の上げ下げよりも,より目的にかなった影響力を持っている.政策金利は主に生産量とインフレ率に応じて使い,その他の手段はその他の問題――金融や資産価格に対して割り当てる方が良い.

 金融政策と規制がこのように組み合わせて用いられれば,伝統的な規制・プルーデンス規制はマクロ経済を視野に入れた次元をもつことになる.洗練されたシステム,システミックリスクの微調整と簡単に伝えることが出来るトリガーや実施が容易なルールとのトレードオフを捜そうというのが本論文の主な試みだ.

 もしこの主張をともに受け入れるならば,金融政策と規制は景気循環への政策ツールとなる.すると,規制当局と金融政策当局の協調をどのように達成するか,またはこの両方の仕事を中央銀行がになうのかという選択課題が生じる.両者を分断すべきだというトレンドは全くもって変更されなければならない.

I:あなたは,多くの国において中央銀行はよりいっそう為替レートについて(各中銀が意識するよりも)よりいっそうのケアを行うという政治的合意が必要だと言っています.どういうコトですか?


Blanchard:多くの新興国において,中央銀行はインフレ率を目標に行動していると自認している.彼らはそのインフレ率への影響以上に為替レートを気にしている.

 おそらくそれには十分な理由がある.理論と実践のギャップを埋める時機ではないだろうか.過度の為替レートの変動を抑えつつ目標インフレ率を達成するために金融政策をもう少し広義でとらえ,金利と不胎化介入を同時に使うべきでしょう.


I:中央銀行は低位のインフレ目標(約2パーセント)を選択しています.論文ではこの目標を再考するべきであると主張します.なぜですか?


Blanchard: 名目金利は0%になってしまうことがある.そしてひとたびそうなると金融政策には強い制約がかかりその間(金融政策の)手は縛られてしまう.これは危機が私たちに教えてくれたことです.

 論理的な帰結として,高い平均インフレ率,高い平均名目金利を危機前に達成していれば,金融政策には十分な余地を設けることができる.そうすれば危機において金融政策は危機を緩和し,財政の悪化を防いでくれるだろう.我々が今考えるべきはこのこと(訳注:高めのインフレ率が金融政策の余地を作ること)が将来より高いインフレ目標を設定することを正当化するか否かだ.

I:それ(訳注:高めのインフレ目標)は危険ではないですか?


Blanchard:危機は我々に大きな経済ショックは起こりえる(そして起こった)ことを示した.今次の危機は金融セクターから生じたが,将来は感染爆発による観光・貿易への影響,経済の中心地での大規模なテロの影響などによっても発生し得る.

 したがって,このようなショックへの対応余地を残しておくために政策担当者は平時においてもより高いインフレ目標水準を設定すべきと思われる具体的な話をしよう.今の目標水準である2%のインフレよりも4%のインフレの方がコストが大きいでしょうか? 2%目標よりも4%目標の方が難しいでしょうか?

 同時に,特に新興国において,中央銀行の独立性によって信頼できるそして低位のインフレを達成したのは歴史的な到達点だ.したがって,(訳注:インフレの方がコストって今の目標水準である2%のインフレよりも4%のインフレの方がコストが大きいでしょうか? 2%目標よりも4%目標の方が難しいでしょうか?……という上記の)問題に答えるためには,慎重にインフレの費用と便益を比較しなければならない.それでもなお,少々の高インフレが危機発生時に政策の操作性を高めるならば,それは(インフレの)コストに勝るだろうと考えることには価値がある.


I:今次の危機によって財政政策は見直されたようだが


Blanchard:危機は財政政策を再び政策ツールのひとつとして復活させた.それには2つの理由がある.第一に,量的緩和・信用緩和を含む金融政策が限界に来てしまうと,政策当局が頼るべき選択肢がほとんどなく,それによって財政政策が見直された点.第二に,危機当初より,今回の不況は長く続くと思われたため効果ラグを考慮しても財政政策の効果は不況をそこあげする便益があると思われたことだ.

 同時に,財政出動にも「余地」が必要であることが示された.危機発生時における操作の余地だ.いくつかの先進国においては高い政府債務残高,短期債務残高が財政政策出動余地を狭めてしまい,今もなお調整に手間取っている.

 いくつかの新興国(例えば東欧)では消費ブーム期に財政出動がかなりprocyclical(訳注:景気がよいときに財政支出を拡大するなど)に実施された.そして今,深刻な不況にもかかわらず増税と支出のカットが行われている.

 それと対照的に,他の多くの新興国では政府債務残高が低かった.これが,維持可能性などに疑問を持たれずに,より積極的な財政政策を行うことを可能にしている.

 これは債務・GDP比目標を再考すべきだということを示唆する.危機前にはもっと低い債務・GDP比を目標にすべきだ.これは長い間忘れられていた,そして私たちが試みたように,再度検討されるべき課題である.

I:危機の途上で財政政策の効果をより大きなものにすることはできるでしょうか?


Blanchard:裁量的な財政政策という手段は,通常,不況に対しては手遅れになる.なぜなら減税や政府支出の決定に時間がかかるからだ.したがって,いわゆる自動安定化装置の改善が必要なケースである.我々の論文では,景気縮小に際して,自動的に発動される政策手段に注視する必要がある.そしてそれは経済に大きなインパクトをもたらす.例えば,失業率が8%を超えたら,自動的に低所得者向税制を一時的に変更するとか,投資への融資をするとか,社会保障給付をするとかね.

 特に今回のポイントは「修辞的な疑問文は前後の文脈がないと本来と逆の意味に読んでしまうことがある」という点*1.完全な誤訳や修辞疑問文の誤解など……海外情報はどうも国内で正しく広まらない.それなりに英語の読める人は,暇を見つけてどんどん翻訳していきましょう!
 もうひとつの注意点は財政政策について.この論文が推奨する「自動安定化」はいわゆる教科書に載っている自動安定化装置の話とはちょっと違います.テイラールールのように財政政策にもルールをという話であって,*2事前に予想できる形で裁量的な財政政策をやれ,要するに(教科書的な意味での)裁量政策の意志決定ラグをなくしておけというお話しです*3


 何はともあれ,僕のように英語に不自由な人はテキトーに都合の良い単語を読むのではなく,ちゃんと文章として読まないととんでもない誤訳をするので気をつけようねというお話しでした.

*1:To be concrete, are the net costs of inflation much higher at, say, 4 percent than at 2 percent, the current target range? Is it more difficult to anchor expectations at 4 percent than at 2 percent?

*2:合理的期待形成によって徹底的に批判された

*3:ちなみに僕は教科書的な自動安定化装置派なのでこれはどうかと思う