インセンティブと倫理

効果絶大、イエローチョーク作戦 京都、全国で反響 : 京都新聞

 犬のふん害防止策として京都府宇治市が編み出した「イエローチョーク作戦」が、全国で反響を呼んでいる。ふんの周りを黄色のチョークで囲み、日時を書くだけという手軽さながら劇的な効果を上げているからだ。

  散歩中の犬のふん.その放置を防ぐために,「目立つ色でふんを囲い、日時を残すことで、放置した飼い主に困っている人や迷惑を被っている人がいることを伝える方法」とのこと.ビラや看板といった従来の対策に比べて,効果はてき面とか.

 これを見たときに,ふと「画牢」のことを思い出しました.これは周の文王(姫昌)が治める西岐では,罪人を牢に閉じ込めずに……地面に円を描き,その中にいるように命じるだけだったという伝説があります.鉄格子も壁も,そして見張りもなしですから逃げ放題なわけですが,罪人はめったに逃げない.あえて寛大な処置を行うことで罪人の反省・改心を促したというわけ*1

 金銭的報酬や罰金(狭義のインセンティブ)ではなく,公共心や自制心に訴えるという手法は経済学の世界でも注目されています. 

モラル・エコノミー:インセンティブか善き市民か

モラル・エコノミー:インセンティブか善き市民か

 

  本書の大きなテーマは,金銭的なインセンティブが「公共心をクラウドアウトしてしまう」例とそのパターンをコントロールされた実験やフィールド実験を通して示していること.

 最も典型的な例としては,「保育所のお迎え時間に遅刻すると,30分あたり1000円」としたところかえって遅刻が増えたというもの.罰金制度の導入によって、遅刻に対する保護者の「とらえ方」が変化したのがその原因です.お迎え時間に遅れることが「保育士さんに迷惑をかけるよくないこと」から「30分1000円の有料サービス」に変わってしまったというわけ.

 もちろん,「遅刻30分罰金5000円」としたなら遅刻は減ったかもしれません.しかし,罰金というシステムに移行したことによって遅刻に対する保護者のとらえ方が変化することには変わりはない.もしそのような罰金の引き上げが行われたら,保護者は「高すぎだ」「暴利だ」と反発することになるでしょう.このように金銭的なインセンティブによって「ある行動のもつ社会的な意味」が変わってしまう状況を同書では「カテゴリカルなクラウドアウト」と呼んでいます.

 様々な政策・制度・システムを改革するとき,金銭的なインセンティブの付与がこのような公共心や義侠心のクラウドアウトを,なかでもカテゴリーの変化によるクラウドアウトをもたらさないかには注意が必要でしょう.

 これからの日本経済にとって,労働市場改革が大きな課題になることは多くの論者が指摘するところです.そして,労働はまさに「人と人」との関係.ちょっとした制度変化が特定の行動――サービス残業の強制や,逆に働く側の怠勤などの「意味」「カテゴリー」に変化をもたらす可能性には十分配慮してすすめなければならないでしょう.

 

 どんな時に「カテゴリーの変化」が生じるのか*2。。。正直こればかりは頭だけで考えてもわからない.だからこそ,実地での実験――地域を限定しての社会実験によるトライ&エラーがますます重要になっていくことでしょう.特にエラーの方・・・「事前に成否がわからないからやらない」では何も変わらないと思うんだよね.

*1:封神演義』では逃げ出しても文王の占いで見つかってしまうからという理由ですし,そもそも単なる伝説でしょといわれればその通りですが^^

*2:同書ではカテゴリー変化を伴わない限界的なクラウドアウトについても議論されています・・・詳しくは本を読んでくだされ